2011年11月22日火曜日

人によってこんなに違うものか(死について)

先日知り合いに「死ぬのはこわくないか」と聞かれた。

 なんでもその人は幼い頃病気がちで、調子が悪くなるたびに、自分が死んでいなくなっても世界が普通に続くことが腹立たしく、悔しく感じて、「死んでたまるか」と思ったそうだ。それは今でも続いていて、自分が何か見失いそうになった時には「自分が明日死ぬかも」と想像し、「何か生きている証を残さねば」と心を奮い立たせるそうだ。

 twitterにスティーブ・ジョブズ氏の言葉を定期的につぶやくbotがあるが、
https://twitter.com/#!/SteveJobs_BOT
そこでも似たような言葉が流れる。
「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。」
「自分もいつかは死ぬ。それを思い出すことは、失うものなど何もないということを気づかせてくれる最善の方法です」
「『もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?』。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。」
対して自分は・・・?
 実は、「しょうがない」と思ってしまう。感覚としては、死って突然くるものだと感じている 。ちょっとした判断ミス、油断、理不尽で、判断する間もなく突然に。だから、あらがえないし、しょうがない。なんでそう思うかなぁ。疲れてるのかな。高校生の頃に交通事故にあって、「あ、死ぬ時ってこんなにあっさりくるんだ」と感じた覚えがある。まあ、たいした事故ではなかったんだけど。

 いずれにせよ、もう少し生に執着して、ガッツリ生きたがいいよなぁ。よし、やりたいことを、もっと一杯探そう!!