2019年10月24日木曜日

どうして勉強しないといけないの?—考え中。

「どうして勉強しないといけないの?」

 子育て中だし、中高生と接することもままあるので、たびたび聞くし、なんとなくいつも考えているテーマ。ネットを検索すればいろいろな意見が引っかかってくるし、それらを読むといろいろまた考えてしまう。かといって良い答えを出しているわけではないが。そこで、調べたこと、思いついたことをちょっとメモ。

答え1「勉強したことは役に立つ」

まず考えてしまうのは、「習ったことはこういうことに役立つよ」というような、実際に有用だからという感じの、即物的というか、目的論的というような答え。
 学研の子ども向けサイトは、低年齢を対象としているのか、そんな感じ。

どうして勉強しなければいけないの|Gakkenキッズネット
https://kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science0549/

答え2「勉強した経験が役に立つ」

「習った事が役に立つ」から発展して、勉強で覚えた知識そのものではなくて、その過程で得た考え方や理論、あるいは頑張ったり失敗したりした経験が将来役に立つ、という答え。
 
●学校で勉強する意味|なぜ将来役に立たないことも勉強するのか
https://torebook.jp/seityou4.html

●東京大学名誉教授はこう答える! 子どもに「どうして勉強しないといけないの?」と聞かれたら|STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ
https://kodomo-manabi-labo.net/why-study

 読んでみると、なるほどなぁと結構同意できるし、こういう風に話したら伝わるのかも、という気がする。

答え3「社会のため?」

これまでの答えは、「子ども自身に対してどんな意味があるか」という答えだった。それだけではない感じの答えが下記のもの。

●「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子供に聞かれたら、こう答えよ(瀧本哲史)|現代ビジネス 講談社
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49003?page=2

 大人向けのサイトみたいだけど、記事は子ども向けで、非常に読みやすく、伝わりやすい。読んでて非常に面白く、また共感した。
 ぜひ読んで欲しいのだが、「学ぶことで未来が変わるよ」というようなことを言っている。ここでいう未来は、学習者個人の未来でもあるが、人間社会の未来とも受け取れる。そんな答えだ。

 なんでそんなに共感したかというと、最近、何となく似ていることを考えていたから。どのようなことを考えていたか・・・
 たとえば、本当にあり得ないけど、何かの弾みで、縄文時代の生まれたばかりの子どもが現代へきてしまったとする。その子が現代社会で普通に育てられたらどんな人間になるだろうか。
 縄文時代の人も現代の人も、ともにヒト(Homo sapiens)という同じ種だし、生物が数千年かそこらで劇的に進化するともあまり考えられない。なので、おそらく、その縄文時代の子どもは、現代人と何ら変わらない人に育つ気がする。現代の言葉を話し、コンビニで買い物し、スマホでコミュニケーションをとり、ゲームであそぶ。
 となると縄文時代のヒトと現代のヒトの違いは、「文化」しかないことになる。ヒトが学び(勉強)を辞めたら、これまで積み重ねてきた知識・経験が忘れられ、文化が消え去ってしまうのではないか。文化を失った現代人はどのようにして生き残れるのか。ここに「勉強しないといけない理由」があるかもしれないと思った。しかし、これは「今の便利な生活や社会の維持、発展のための勉強」というずいぶん後ろ向きな答えに行き着くことになった。これはとても子どもに伝えられない。そもそも社会のために人がいるわけではないのだし。ちょっと失敗したな、という感じの考えだ。
 しかし、この個人の勉強と社会の関係を、上記の瀧本さんの記事は「未来を変える」という超ポジティブフレーズで表現している。しかも、自分がひらいた未来で、世界の未来が変わるというもの。人の営みで社会が作られている点がきちんと伝わってくる。
 たしかに、そうだよね。