うん。信じられない。
読んだ後、寝ぼけてたのかな?と疑って寝てしまったが、翌朝もちゃんと記事があった。
再生JALの心意気/さかもと未明(漫画家)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121119-00000002-voice-pol
まあ、中身は読んでもらうとして(先に読んでね)。記事後半は、なんだかいろいろ策を弄して建設的な意見のように仕立てて、最後はJALのよいしょ記事になってるけど、前半の体験談部分がどーにも理解できない。
前々から感じてたんだけど、子供って、日本の社会ではまともに人として扱われてないのか、と感じた。
リンク下ページの下の方にはいろんな人がコメントしているが、中には「公共の空間には子供は存在しない」という認識を(おそらく無意識に)露呈している人もいる。
なんだか、モヤモヤする。ほかの方はどうですか?
このモヤモヤは列車の中でのベビーカーの使用に関する問題、いわゆるベビーカー論争でも感じた。
電車内のベビーカー利用に賛否両論 啓発ポスター引き金
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201208250290.html
ベビーカー論争 電車利用をめぐって
http://www.nhk.or.jp/nw9/marugoto/2012/08/0828.html
これに対するtwitterで呟かれた意見は、ここで見れる。
「電車内のベビーカー利用に賛否両論」への異論
http://togetter.com/li/367175
ベビーカーって、それはそれで危険とか言われます。路面に近くて熱射病になりやすいとか、地面の小さなでこぼこに引っかかって転倒とか、歩く人の目線にかかりにくいから接触しやすいとか、押す人より先を言っているので出会い頭の事故に遭いやすいとか。
でも、お母さんやお父さん一人+荷物がある+子供複数なんて時は、子供の安全を確保し、とても安心して出かけられる貴重なアイテム。それに対して(明らかなマナー違反は別として)、邪魔とかたためとか・・・子供が一人の人間ではなく、親に付随する荷物程度にしか思われてないのか、と感じてしまう。
でも、子供や赤ちゃんって、決して一人では一人前の大人のようには行動できない。体は小さい、力は弱い、できることも少ない、心や精神も今まさに成長中。そういう存在って、親だけでなく周囲の大人が見守り、サポートしてあげるべき存在ではないのかな?
話が変わるけど、そんなことを考える中ではたと行き着き、なんだかモヤモヤしてしまってるのは、実はハイブリッド車や電気自動車。あの静かさがめちゃめちゃ恐ろしい。
毎朝、子供を保育園に送るのだけど、その駐車場で、子供の真横で音もなく車が動きだし、子供は全く気づいてなかった時、全身に鳥肌が立った。反射的に蹴り入れようとしたね。
あれって、今考えると、開発から販売までのどこの段階においても、子供とか耳の不自由な人の存在は全く考慮されてなかったのでは?と感じる。もしかしたら、考慮どころか存在すら忘れられてたかも。
注意すればいいとか、駐車場でのふるまいを躾けろとかの意見は聞かない。
運転手が1の注意をする。まわりの人(親)が1の注意をする。子供自身に言い聞かせ注意させるが大人と比べると0.5程度の注意ができるか。とすると、事故を防ぐ注意の量は、
1+1+0.5=2.5
ところが静かな車では、
運転手が今まで通り1の注意。まわりの人(親)も今まで通り1の注意を払うが静かで気づかない可能性があるので0.6。子供の注意も同じで0.3。
(動く車の認知を、視覚:聴覚=3:2と根拠もなく仮定。でも近くで動きだす車やゆっくり動く車は、ほとんど聴覚で感知するんじゃないかという気がする。)
で、事故を防ぐ注意の量は、
1+0.6+0.3=1.9
減少した0.6の注意は誰が払ってくれるんですかね?
馬鹿みたいな計算式だけど、感覚的にあっている気がしませんか?
動きはあるようなので、良い方向に動くといいな。
■05/11 : 国交省、静音性対策を講じたHV車等の体験会を実施
http://www.tossnet.or.jp/recentTopic/item_4215.html
と願いつつ、親は不足分0.6をくわえた1.2の注意量を確保すべく3の注意を払う日々が続く訳か・・・
そういう訳なので、静かな車の運転手さんは、ガソリン車運転してた頃よりもっと注意して運転してくださりませ。
話があっちゃこっちゃいったな。