内容は、屋久島で害獣駆除で捕られたヤクシカを動物園の肉食獣に餌として与える活動が、どのようにして作り上げられてきたのか、どのような意義があるのかというお話を聞き、実際にヤクシカを与えているところを観察するというもの。以下、聞いてきたこと、見てきたものを備忘録がわりにまとめてみた。
1)この活動の意義
この活動は、動物をめぐる三つの問題をうまくリンクさせることで、解決を図ろうとしているところに大きな意義がある。まず、三つの問題とは。
害獣としてのシカについては、広く知られつつあるが、鹿児島県の屋久島でも似たようなことが起こっている。つまり、ヤクシカが増えすぎ、食害によって森林植生が影響を受け、また農業等にも被害が出ている。そのため、害獣駆除としてヤクシカを捕獲しなければならなくなっている。しかし、捕獲には人手や時間、お金がかかる。これが一つ目の問題。
捕獲したヤクシカを食肉として利用し、駆除における負担を軽減しようという考えがある。が、実際には、捕獲したヤクシカ全てが食肉にできるわけではない。需要が少ない、小さな個体では採算が取れない、駆除が必要な時期と食肉に適した捕獲時期がずれているといった問題があり、食肉として利用できるのは、駆除されたヤクシカのほんの一部で、利用できなかった分は有料で焼却処分するか、持ち帰らない(山に埋めてくる)などするしかない。これでは、充分な経済的補填にならず、もったいなくもあり、そして、生命倫理的な観点からも問題である。実際、有効利用の目処もなく狩らなければならない状態は、駆除を引き受けて下さっている猟師さん方の心に、重い心理的負担としてのしかかっているそうだ。これが、二つ目の問題。
そして、三つ目の問題は、少し場面が変わって動物園での話になる。動物園で、トラやライオンが檻の中をのっしのっしと延々歩き続けるのを見たことがある人も多いのではないだろうか。この行動は、じつは異常行動で、飼育下において何らかのストレスがかかっている可能性があるのだという。最近の動物園では、動物の生活環境(あえて飼育環境とはよばない)に焦点をあて、その生活環境をよりよくすること(環境エンリッチメント)を通して、動物たちの飼育下でのより自然で健康な生活を保証し(動物福祉)、そこから、動物園利用者の学習や楽しみに寄与していくことを目指すようになっている。その動物福祉の視点から今回目を付けられたのが動物たちの餌である。自然の動物たちは、自分で多様な餌生物を捕獲し、硬いものや食べにくいものでも時間をかけ、工夫して食べる。そのため、自然の動物たちの食事は、刺激的な時間となっているはずである。しかし、動物園で与えられる餌は、基本的には種類が少なく食べやすく、結果、動物たちの食事は単調で短時間になってしまう。本来の生態と異なる食事は、ストレスになっている可能性がある。そのため、外国の動物園では、家畜の肉を丸ごと与える屠体給餌(とたいきゅうじ)が試され、良い結果が出つつあるが、日本では法的な問題等でそれができない状態にある。これが三つ目の問題。
紹介された活動は、上記の三つの問題をうまくリンクさせ、解決、あるいは軽減に繫げようという活動であった。害獣駆除によって地域社会や産業を守り、得られたヤクシカを人間の食用、および動物園での屠体給餌の形で有効活用し、動物園での動物福祉と社会教育の質の向上を実現するという効果を目指している。現在、活動のあり方ができ上がってきたところだが、うまくサイクルが回り出すといいなと思える話だった。
2)いくつか気になったところ
(生物学的にも経済的にも)貴重な動物園の動物に野生の肉なんか与えて大丈夫か?という心配があった。それにもたくさんの配慮と試行錯誤がおこなわれていた。
- 大前提として人間用の食肉加工の行程や基準で加工を進めている。つまり、人間が食べても大丈夫な肉を使用している。
- 寄生虫などの心配・・・冷凍により殺している。
- 病原菌が付いているのでは?・・・感染リスクの高い頭部と内蔵は除去し、低温殺菌で生肉に近い食感を残しつつ殺菌している。
- 銃弾による鉛中毒の心配・・・わな猟の獲物のみを使用し、銃創のある個体は使わない。
- 重金属や内分泌撹乱物質の蓄積は?・・・捕獲される地域の情報は常に集め、そのような心配のある地域が判明した場合には、その地域で捕獲されたものは使わない。
- 動物の食べるシーンはグロくないか?・・・与えられる屠体は、人間用の食肉処理に準じて血抜き、内蔵の除去をされており、動物が食べる際に血が滴ったりすることはない。
3)大牟田市動物園について
話題がそれて大牟田市動物園について。
かなりこじんまりした動物園だが、意欲的な活動をしている動物園だと思えた。熊本市動植物園は、動物の自然な姿をいかに「見せるか」に重きを置いているようだが、大牟田市動物園は、動物をいかに「感じさせるか」に重きを置いているように感じられた。動物園では観覧者と動物たちは檻で隔てられているのが普通であるが、大牟田市動物園では観覧者が動物の檻に入って見学するという形式のものがいくつかあった。また、ゾウがいない。そのいない理由は、しっかりと園内や入口に説明してあり、そこから動物園の姿勢や目指すものが感じられる。また行きたい、なんども通いたいな、と思える動物園だった。
2019/03/28追記
良いタイミングで、大牟田市動物園のスタッフブログにこのシンポジウムのことが掲載された。公式な報告はそちらを参照してくださいませ。
駆除された野生動物と動物園の動物たちについて考えるシンポジウム|サファリな連中